僕が自由を証明しようと思う

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堀江貴文さんの『ゼロ』は一歩を踏み出す勇気をもらえる名著だった

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言葉にならないもやもや感がお腹の中に残っている。

周りばかりが楽しそうに見える。

「今のままでいいのか?」そんなことはわかっているが、次に何をするべきか、何をしたいのかがわからない。

現状、収入には困っていない。でも楽しくない、つまらない。

そんな人に読んでもらいたい一冊。

ぼくは、この本を読んで価値観が180度変わった。今まで5回は読み返している大好きな本。

 

堀江貴文さんのゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していくを紹介したいと思う。

 

 

世の中の批判に対してブレない姿勢を見せた第一人者

堀江さんといえば、株式会社ライブドアの元代表であり、ライブドア事件で世間を賑わせ、世間からは「金の亡者」だったり「心ない発言」などと激しいアンチを創って注目された最初の人ではないだろうか。

そんな堀江さんが、2年間の収監から明けた後に、等身大の自分をすべてさらけ出し、「世間の風評」や「親・知人の目」から逃げている人たちへメッセージしたいと書き下ろしをした、堀江さん一番の力作と言える著書。

 

この著書の中には、今の自分に不満を持っている人。

なにかに挑戦したいけど、ビビっちゃってへっぴり腰になっている人。

そういった人たちにはずっさりと刺さる言葉がたくさん詰まっている。

思えば僕は、ずっと前から知っていた。 働いていれば、ひとりにならずにすむ。 働いていれば、誰かとつながり、社会とつながることができる。 そして働いていれば、自分が生きていることを実感し、人としての尊厳を取り戻すことができるのだと。 

堀江さんは、ここで働く理由を「ひとりにならずにすむ」と表現している。そして、誰よりも孤独を怖がる臆病者であることを告白しています。

ライブドアの社長時代には、あれだけレールからはみ出た風雲児として世間から嫌われていた堀江さんだが、実は自分も普通の人であることをメッセージしている大好きな一文です。

 

 

失敗はリスクでもなんでもない

人生にマイナスなんて存在しないのだ。失敗しても、たとえすべてを失っても、再びゼロというスタートラインに戻るだけ。 

著書の『ゼロ』というタイトルは、この思考から来ているそう。

失敗をマイナスと捉えている人が多すぎることがもったいない、と。

失敗して失うものなんて、たかが知れている。なによりも危険なのは、失うことを怖れるあまり、一歩も前に踏み出せなくなることだ。これは経験者として、強く訴えておきたい。 

「失うことを怖れるあまり、一歩も前に踏み出せなくなること」が何よりもリスクである、と。

この言葉はぼく自身の『働き方』に大きな影響を与えています。

何かプロジェクトを動かす前のシミュレーション策定に充てる時間やリスク回避の思考時間は以前よりだいぶ減っており、実際に「やってみながらピボットしていき、対応する」という働き方に間違いなく変化しています。

人生の中で、仕事はもっとも多くの時間を投じるもののひとつだ。そこを我慢の時間にしてしまうのは、どう考えても間違っている。

学生時代よりも、社会人時代のほうが人生の大部分を占める。

大部分をガマンして過ごすのか、充実した時間に変えるのか。

 

 

「没頭する」「ハマる」ための努力はしているのか

すべては仕事に対する取り組み方の問題であり、やりがいをつくるのも自分なら、やりがいを見失うのも自分だ。どんな仕事も楽しくできるのである。

人は「仕事が好きだから、営業に没頭する」のではない。 順番は逆で、「営業に没頭したから、仕事が好きになる」のだ。

心の中に「好き」の感情が芽生えてくる前には、必ず「没頭」という忘我がある。

これは読んだときにハッとした言葉。

すごく重要なマインドであると思っていて、「仕事が好き」になるのは何かに没頭した結果として身に降りかかってくるモノであるのだ。決して、仕事が楽しいから没頭できるわけではない。

上記は「仕事がつまらない」とグダグダ言っている人に問いたい。

本当に没頭する努力をして言っているのか、そもそも没頭もせずにつまらないと決めつけているのか。

 

ブログも楽しいから書いている!ということではなく、書くこと・表現することに没頭した人がブログが楽しくなって続けられている人なんだと思う。

 

 

悲観的になって物事が好転したことはあるのか

自分の可能性を縮めているのは、「できない理由」から探す自分のネガティブ思考に他ならない。

やってもいないうちから「できっこない」と決めつける。自分の可能性にフタをして、物事を悲観的に考える。自分の周りに「できっこない」の塀を築き、周囲の景色を見えなくさせる。 だからこそ、次第に「やりたいこと」まで浮かんでこなくなるのだ。欲望のサイズがどんどん小さくなっていくのである。

フリーランス無理?社会なめてんの?

と議論になっていますが、できるできないは別として、他人の意思決定に「ムリムリ」と口だけ出してくる「ムリムリ星人」は完全にこの思考マインドですよね。

真面目な話、ネガティブに「できない理由」を考えて好転する物事など、ひとつもない。 突き抜けられる人と、そうでない人の違いは、次の一点に尽きる。 物事を「できない理由」から考えるのか、それとも「できる理由」から考えるのか。それだけだ。突き抜けられるかどうかは能力の差ではなく、意識の差なのである。

本当にそうだな、って思います。

「できない理由」ばかり述べてくるやつは自分にとってもマイナスでしかない気がする。そんなことよりも「できる方法」を一緒に語れる人でありたいし、そういう仲間と付き合っていきたい。

 

 

チャンスは常に身近に転がっている

ひとりだけ確実にあなたのことを信用してくれる相手がいる。 「自分」だ。 そして自分に寄せる強固な信用のことを、「自信」という。 

言い得て妙だな、と思いました。

これ堀江さん書いてるときに「うまいな俺」ってドヤ顔してたことでしょう。

 

自分に自信を持つことは大切で、自分で自分を評価してあげることが可能性にチャレンジする勇気につながる。

決して「行きすぎた自己陶酔」は褒められたもんじゃないが、「それなりの自己陶酔」はあったほうが人生楽しくなるのは当たり前のことである。

 

友達からヒッチハイクに誘われて、やってみるのか、断るか。 あるいは友達からおもしろそうなイベントに誘われて、参加するのか、しないのか。 イベント会場で積極的に話をしようとするのか、会場の隅で傍観者になるのか。 いずれもとるに足らない、些細なことだ。 しかし僕は、あらゆる人の一生とは、こうした小さな選択の積み重ねによって決まってくるのだと思っている。 

ヒッチハイクといえば、ぼくも参加しているブロカレ学長の八木さんが浮かびます。

 

チャンスについて語るとき、僕はよく昔話の『桃太郎』を例に挙げる。川で洗濯をしていたおばあさんは、大きな桃に飛びついた。奇妙な桃だと怖がらず、洗濯中だと無視もせず、とにもかくにも飛びついた。鬼退治の物語は、おばあさんが桃に飛びつくところからはじまるのだ。 そしてチャンスとは、あらゆる人の前に流れてくる。大きな桃じゃないかもしれない。葉っぱ一枚のこともあるだろう。それでも、目の前に流れてきたチャンスに躊躇なく飛びつくことができるか。 

目の前の誘い、イベントごと、すべてに飛びつく行動力。

フットワークの軽さがあるかないか、がチャンスが自分に振り向くかどうかのターニングポイントであり、むしろここだけの違いである。

 

よく「自由」という言葉が良い表現として用いられているが、

自由と責任は、必ずセットになっている。 責任を自分で背負うからこそ、自由でいられるのだ。 

自由=すべて自分で決めること。自分の意思決定で物事を進めること。

当然ながら、すべてが自己責任となる。

その責任を背負う覚悟があり、初めて自由を手にすることができる。

 

この本は自分の置かれた状況に満足していないとき、何か環境を変えたいけど一歩進むことに躊躇しているときに強くオススメしたい一冊。

失敗したって、ただの「ゼロ」。マイナスになることなんて有り得ない。

少しずつ行動して自分にイチずつ足し算していく勇気をくれる著書である。

 

最後に、堀江さんらしくない言葉があったので、紹介して終わりたいと思います。

みんな、ほんとうにありがとう。みんなと一緒に走り抜けた日々は、僕の宝だ。みんなを仲間にできたことを、心から誇りに思う。 

 

全力疾走している人の仲間への感謝の言葉はなんかグッときますね。

 

ぜひ、手に取ってみてください。