僕が自由を証明しようと思う

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学歴も取り柄もない僕が、20代で経営陣の一角まで出世できたひとつの要因。

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学生時代の友達ってあまりいないんですけど、東京で唯一と言える学生時代から仲良くしている女友達がいる。(不思議なくらい、ほんとにただの友達)

その友達から、よく「今のワタルって大学時代では想像できなかったね」と言われるのだが、俺もそれは心の底から同意だ。まさか、こんなに自分が仕事人間になるなんて予想もしていなかった。

学生のころは、とにかく適当で、人当たりも悪かった記憶しかない。なんかクールぶってた、というか。愛想はとにかく悪かった。

そんな何の自慢も取り柄もなかった俺が、26歳にしてベンチャー企業の全グループ間で行う経営会議に出席するまでになり、28歳にして支社長になるなど、正直かなり控えめに言っても、異例の出世スピードで充実した20代の社会人生活を送れるまでになった。

そして、現在は経営に舵を切っているわけだが、そんな中ふと振り返ってみた。

「こんなどうしようもなかった俺が、どうやって現在の立ち位置になったんだろう…。」

いろいろな要因がそのとき思い浮かんだが、たったひとつだけ本質的で絶対これは外せない、という要因があった。それは『人』である。

これは、俺の10月からのチャレンジにも向けた、自分自身への備忘の意味も込めた記事だ。

 

 

高校受験失敗、大学生活はほとんど学校行かず

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大学生のころですけど、無愛想ですねぇ…。 

俺の学生生活は、決して褒められたものではない。受験は高校・大学とすべて失敗して、志望した学校へは進学できていない。

終いには、大学もほとんど行っておらず、4年生の時点で単位をほぼフルで取らないと卒業できない状況だった。すべての単位を取るのは無理だ、と悟った俺は、教授に頼み込んで、ほぼ無理やり単位をゲットするという暴挙に出たのだ。

こうして、俺は頼んだもん勝ちみたいなノリで卒論も書かずに、卒業の資格を無理やり手中にして「形だけ卒業」をするに至っている。(あまり評判の良い大学ではないので、こういうことが起こる。。) 

もちろん、就職活動なんてしていなかったし、内定ももらえていなかった。

そんな俺が、卒業してから2ヶ月後の中途半端なタイミングで、あるベンチャー企業からまさかの採用をされる。当時は、かなり世間を賑わせていた有名な企業だ。

今思うと、ここがひとつのターニングポイントだった。

 

 

たったひとつの要因、その答えは「人」

仕事を始めて、俺は人が変わったかのように働くことになる。

どうやら学生時代を楽しく過ごすセンスはなかったようだが、仕事を楽しむセンスはあったみたいで。

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「仕事を楽しむこと」に関しては、何度か記事にもしているが、もっと奥深くには、『人』が関わっているなぁと改めて感じている。

ありがたいことに、札幌では約120名、徳島では約80名のメンバーをマネジメントさせてもらった。

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キレイごと抜きで、一緒に働けるメンバーがいたから耐えられるし、楽しかった。

俺は自分に甘い人間なので、たぶんひとりでは仕事ができない。たぶんどこかでサボってしまう。自分を律せないと思うんだ。でも、そんな人間でさえメンバーを抱えると"変われる"のだ。俺はメンバーに生かされている。

 

 

すべての理由の裏には必ず「人」が交わる

そう、今思い返すとすべての理由には、必ず「人」が起因する。

何度か当ブログでも言っているように、俺は仕事が好き。働いている時間は充実しているのだ。

もしかしたら、俺が仕事以外に楽しいことを見つけるような20代を過ごせなかったからかもしれない。「20代なにしてた?」と聞かれたら「ほとんど仕事しかしてない」と答えるくらい、20代のほぼすべてを仕事に投じていたように思う。

だから他の充実を知らないだけ、と言われればそれまでかもしれない。ただ、俺が20代のすべてを仕事に投じることができたのは、紛れもなく「人」だった。

  • 同じくらい仕事の熱量をもったライバル、同僚の存在が『成長』への動機となった。
  • 一緒に関わるメンバーが、毎日笑顔で働けるような環境を作りたくてがんばれた。そして、その笑顔に元気をもらえてもいた。
  • 少しでも部下の給料を上げたくて、そのために厳しく接することができた。
  • 少しでも仕事を楽しんでほしくて、どうせなら「この会社で良かった」って思ってほしくて、いくらでも話を聞く時間を作った。

おそらく「仕事が楽しい」の裏には、このような理由が俺にはあったことに気づいた。

「会社」というフィルターを通して出会ったメンバーは、上辺だけの間柄かもしれない。ただ、同じ会社で働いている間は、やっぱり俺と働いててよかった、と思ってほしかった。だから楽しく仕事をしてもらえるように努めていたつもりだ。

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上司=偉い。という概念をまったく持たなかった。

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△部下に手を回されて撮っている一枚

一般的に見て、社内で上司の後ろに手を回して写真を撮ることなんてあるだろうか。そういう意味で言うと、俺は上司らしくない上司だったかもしれない。でも、俺はそれでいいと思っていた。

年上の部下が多かった影響もあるかもしれない。26歳のときに、44歳の部下がいたりした。俺を面接して採用してくれた人が、いつの間にか部下へと立場が逆転した。

そんなこともあってか、役職が上がっても、自分が偉いと思ったことは一度もなかった。むしろ、メンバーが逆に俺に気を遣わないように意識していたように思う。

一番意識していたのは、風通しが悪くならないようにすることだった。どんなくだらない相談でも、絶対に話しかけてくるような関係構築を心がけていた。話しかけやすいっていうのは、個人的にはとても大事なことだと思う。

上司が気取って、威厳を振りまいて話しかけづらい人っていると思うけど、それは逆効果で、仕事しにくい環境にしかなっていないと感じるから。

 

 

学生時代はダメダメな自分だったからこそ、「こんな俺と…」という気持ちを強く持てた

札幌から離れるときも、

徳島から離れるときも、

いつも「こんな俺についてきてくれて…」という感謝でいっぱいだった。

学生時代のだらしない自分の残像がおそらく残っていて、まさか社会に出てこんなにも自分なんかと一緒に働いてくれるメンバーができるなんて想像もしてなかったからだ。

 

くり返しになってしまうが、やっぱりついてきてくれるメンバーがいたから、俺は仕事に夢中になることができた。このメンバーを裏切りたくない、一緒に働いているからには幸せにしたい、という想いが、自分の堕落した性格を打ち消して、真剣に向き合えていたのだ。

だから、どちらかと言うといつもメンバーに感謝したいのは俺の方だった。

おそらく、それが結果的にメンバーの働きやすい環境を生み、感謝で返してくれたのかもしれない。いずれにしても周りのメンバーに恵まれていたのは確かである。

 

 

経営者だろうがサラリーマンだろうが、フリーランスだろうが『人』を意識できるかどうか。

俺は究極ここだと思う。ほんとに。

よく経営者は「孤独に耐えること」が重要と言われる。その通りだ。

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この記事でも書いた通り、俺も孤独だった。

ただ、ここで言う孤独とは、別に独りっきりという意味では決してない。メンバーとはどんどんコミュニケーションを取るべきだし、社外の付き合いも積極的に行うべきだ。それでも孤独な理由は、経営者は『同じステージで会話ができる人がいない』からだ。

これは確かにかなり辛いことではあるのだが、それでも折れずにがんばれるのは、紛れもなくメンバーの存在なのである。

結局、俺の個人的な意見として、『人』をおろそかにする人は、どれだけ頭がキレようが、どれだけ優秀な人だろうが必ず「人の重要さ」に直面するシーンが来ると思う。

フリーランスでも、個人事業主でも同じだ。必ず「人」とのセッションは発生するし、そこでどれだけ意識的に関係構築ができるか、というのはビジネスシーンにおける最も重要なことではないだろうか。

「人」を大事にする、っていうのはリーダーシップが必要だ。なので、自ずと個人だろうが法人だろうが、上に行ける人というのはリーダーシップを持っている人であるはずなので、形はどうであれ、そういう方々は無意識に「人」を大事にしていると思うんだ。

 

 

最後に、一番強く想っていること

あんな無愛想な学生時代を過ごしていた俺が、社会に出てこうも考え方って変わるものなんだなぁと我ながら思っている。

仕事は、『なにをするか』よりも『誰とするか』の方が、俺にとっては重要なのだ。

今まではたまたま一緒に働くメンバーに恵まれてきた、と言えるだろう。でも、俺はこう言い換えて考えたい。

「今まで一緒に働くメンバーに恵まれてきた、と胸張って言えるような関係構築をしてこれた。」

この表現が正しいような気がするんだ。

結局は、人と人とのコミュニケーションなんて、どちらか一方が歩み寄らなければ距離は近づかない。俺は、いい意味で自分に慣れてもらうきっかけは、強い立場の人から作るべきと考えている。

日本人が、職場を選ぶ上で大切だと思うことの第一位は「良好な人間関係」であることは周知の事実である。

俺は、ある意味「メンバーを家族かのように大切に想う」能力だけはあったのかもしれない。ただ、その能力のおかげで、仕事を好きになることができ、仕事が好きなのでいくらでもがんばることができて、偶然にも出世街道に乗ることができた。

そう、すべては「人」への意識から始まっていたんだ。

 

「人」を意識できるかどうか。

実はこの要素が、すべての仕事の上の【核】なんじゃないか。

俺はきっと、これからも仕事で関わる人に対しては、変わらない価値観で接していくだろう。